2020年1月11日土曜日

出張円盤情報

円盤はほぼ毎月日本各地のどこかに店の人気商品、オリジナル商品を持って出張販売、出張企画をやっています。たいがいは昭和のレコード世界を聞く会「レコード寄席」をやっています。
今後の予定は以下の通り。

「レコード寄席」は、生活の中で生まれ使われて来た昭和のふつうの暮らしの傍らにあった、あまりにも当たり前にあって忘れられてしまったレコードを聞いてみようというイベントです。
 日本各地の御当地盤、町の人々の自主制作盤はもとより、記念品、記録、PR、報道、実用品各種、引き出物など。レコード文化の裾野に広がる広大な世界を探訪します。
 はじめのうちは珍しい音源のように聞こえるかもしれませんが、聞いているうちに誰もが「あれ、そういえば家にそんなものがあったような気が....」と、忘れかけていた記憶の扉が次々と開いていきます。
 レコードは、流行のためだけに作られたものではなく、実は、生活に密着した様々な目的で作られたものの方が圧倒的に多かったのです。それらはあまりに近すぎたために捨てられたり、しまい込まれたりして、顧みられることがありませんでした。それらのレコードにそのまま耳を傾けてみれば、ゆっくりと当時の暮らしが見えてきます。


■1月13日(月・祝)
奈良mole music
「オズディスクの全作品と90年代」
隔月長期企画。円盤店主が90年代に10年間やっていた自主レーベル、オズディスクの全作品123枚を紹介しながら、同時に90年代に何があったのかを検証していきます。


■1月14日(火)
福岡スタンドバーBEM
「出張レコード寄席アンコールリクエスト〜万博」
福岡アンコール・シリーズ。同店の11日からの中古レコードSALEにも出張参加します!


■1月15日(水)
広島本と自由
「出張レコード寄席〜人生」
 レコードを並べていたら見えて来た人々の人生。レコードは作るとクセになる。市井のレコ作りに勤しんだ人々から、音盤作りが人生になってしまった知られざる業界裏街道の人生まで。沖縄編やムードコーラス、タンゴ編にも通じる"人々"の話。


■1月16日(木)
大阪喫茶アオツキ
「出張レコード寄席〜環境とレコード」
 70年代後半に波音だけという非音楽レコードでありながらヒットチャートを駆け上がった奇跡のレコード「SURF BREAK FROM JAMAICA」をめぐる顛末を中心に、生ロクブーム、米国での環境音楽ブーム、そして近年世界の鋭い音楽ファンの注目を集めている日本のアンビエント・ミュージック、そしてニューエイジミュージックへ。レコードで追う環境とレコードの話。


■1月21日(火)
伊那市黒猫古本市場
「出張レコード寄席〜ムードコーラス」
 日本が世界に誇る、異形の音楽、ムードコーラスの歴史をレコードで追う、戦後昭和の夜の悲喜交々のドキュメント。ムードコーラスはバンドで演奏をしながらコーラスを、しかも夜の男女と孤独のあれこれをファルセット絡みで切々と大胆に歌うオリジナルの音楽。ムード歌謡の一種くらいに思ってたら吹っ飛ばされます!


■1月22日(水)
京都hand saw press
「出張レコード寄席〜日本とタンゴ」
地理的には地球を挟んで真裏の関係にある日本とアルゼンチンの深い深い交流の証、タンゴという世界的にも異形の音楽をめぐる人と人との悲喜交々。タンゴという音楽の入門編でありつつ、人と人と国と国とのレコードの話。特に日本のタンゴは世界的なレベルに達しながら一瞬でその現場を失った悲劇の音楽。そのレベルの高さと、諸行無常をレコードで追います。藤沢嵐子、早川真平、阿保郁夫、坂本政一、これらの人々の人生を軸に展開する、もうほとんど"朝ドラ"の世界!


■1月23日(木)
金沢オヨヨ書林
「出張レコード寄席〜日本とタンゴ」


■1月24日(金)
富山スケッチ
「出張レコード寄席〜日本とタンゴ」


■1月25日(土)
小布施じゃらん亭
「出張レコード寄席〜基本編」
レコードと言えば「音楽を売るため」に作られたものが中心と思いがちで、それ以外のレコードを珍しい物と思っている人が多いと思いますが、実際には、日本におけるレコード文化の上で作られたレコードは、「音楽を売るため」に作られた物より、それ以外のものの方が圧倒的に多いのです。そして、それらのレコードは日本のほとんどの生活者の暮らしの中にいつの間にか存在し、聞かれていました。特に50年代から80年代、SP盤以降~CD以前のビニール盤の時代における多様なレコード文化は世界に冠たる物です。記念品、宣伝用に配布されたもの、プロパガンダに使われたもの、手紙におもちゃにブロマイドと、その用途は本島に多岐に渡っています。円盤のレコード寄席では、当時を知らない若い世代には新鮮な、当時を知る人達には忘れていた記憶の扉が少しづつ開いていくような、昭和の当たり前すぎて忘れられてしまった暮らしが浮かび上がってきます。